◎あっ、やばいやばい!
目覚ましかけずに朝5時半起床。
ゆうべ、媒染後、ヨコ糸を染液の入った鍋につけ、そのまま温度が下がるのを待っていたはずなのだが、そのまま寝てしまった。8時間くらいは染液に浸したままになっている(まあ、それでもいいけど)。煮物が、冷める時に味がしみ込んでゆくように、染液が冷めるときに色が繊維に定着するらしい、です。
ねぼけ眼でキッチンに行き、染液の色がなくなるまで糸を流水ですすぐ。水道の水は、井戸水と違って冷たいな~。糸を絞って、ひとカセずつ糸さばきをしながら広げてゆき、ベランダの物干し竿にかけてからも、糸をさばいてゆく。外気に触れる指先が冷たい。小さなカセが3つだからいいけど。
まだ濡れている糸なのに、指先に触れる感じは柔らかく、冷たさはない。
数時間後・・・完全に乾いてはいないけれど、この段階でカセにひねって小山の指導所へ向かう(写真)。
◎かけ糸かけ~綾返し~経糸を機に乗せる+緯糸巻き
まずは、染めた緯(ヨコ)糸のカセを干しました。
そして<かけ糸かけ(糸ソウコウ)>の作業。
木綿の糸で、下糸だけをひっかけます。
手前の竹の棒は、かけ糸をかけるためのものです。
なぜ下糸だけかというと、地機の構造上、片足で紐を引くと、そこにつながっているマネギという湾曲した棒がロクロで動き、かけ糸をかけた下糸だけが持ち上がり、上糸との間に開口部ができます。その開口部の間を、ヨコ糸を巻いた小管を内臓したヒという道具をくぐらせ、ヨコイトを入れるのです。引いた足を元に戻すと、下糸は下がって、上糸が上に出てきます。この段階で、上糸と下糸の間に開口部ができるので、ふたたびそこにヒをくぐらせヨコ糸を通すのです。この繰り返しで、布が織られてゆきます。
高機は、上糸と下糸ともにソウコウに通すので、上・下糸が互い違いに上下してヨコ糸を通す開口部ができます。これに対し、地機のように下糸だけ(片方だけ)が動いて開口部ができることを「片口開口(カタクチカイコウ)」と呼びます。
まあ、文字だけじゃわからないと思いますので、「かけ糸かけという作業によって、タテ糸の操作が可能な地機という織機があるんだな」と、思っていただければ良いと思います。
下糸をかけ糸で拾ったら、竹棒の上のタケヒゴに、かけ糸をくるっとひっかけます。
少し進んだところです。
タテ糸に作った綾のおかげで、糸はあらかじめ左側から上糸、下糸と順序良く並んでいます。綾の効用は素晴らしいですね。
半分以上進んだところです。
伝習生の時は、かけ糸かけは地機で行いましたが、今回はこのような格好でやっております。これが、昔ながらのやり方だそうです。
かけ糸かけを終え、綾返しをしたら、いよいよ機に乗せます。
前がらみを取り付け、ようやく見慣れた風景になってきました。
伝習生の時のかけ糸かけでは、「カエル股」になっちゃった所がありましたが、今回はカエル股はありませんでした。
機に乗せたからといって、すぐに織り出せるわけではありません。ここまでの作業で切れたり、機巻きのときに他の糸とくっついてしまったようなタテ糸を繋いだり、手直しをします。地機に乗って糸を触るのは昨年の11月以来。とっても懐かしいです。
思えば、ここまでの作業と、緯(ヨコ)糸の準備を機屋さんがしてくれ、織り出すだけの段階になって、ようやく私に「かしあげに来てください」という連絡が入るのです。
今回私が体験しているのは、絣模様のない半幅帯。しかし、この5~6年間に機屋さんが用意してくれたのは、さまざまな絣模様や格子、無地などの着尺でした。時には、織り出すばかりにする為に、機屋さんが朝ごはんを食べる時間も惜しんで、機に乗ってタテ糸の最終調整してくれたこともありました。その、ありがたさを改めて感じました。
機はこの辺りまで。
他にやった作業は、染めたヨコ糸を大管に巻き取ることです(作業途中)。
今週は、修了式を迎える伝習生が1名います。おめでとうございます!
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スクル、また行こうかな(昨日もそう思ったのだけど、母の買い物に付き合ってしまった)と思っていたけれど、(その昨日で!)過去形になってしまいました。ひとつの区切り(通過点)ですね、おつかれさまでした。