今日は暖かかったので、お昼は仕事場の敷地内にある原っぱで。タンポポ、スミレ、シロツメクサなどが咲き乱れる中で食べるおべんとうは、ピクニックみたい。おいしかったです。
昼休みに、公園にスケッチに出かけたスタッフのスケッチブックに、ナナフシモドキの幼虫がくっついていました。室内に虫が入るのは困るので、さきほどお昼を食べた原っぱに放しました。初めて見る虫ですが、とってもユニークな姿をしていました。
参考:http://ikkaku24.exblog.jp/7742192/
◎百貨店建築 初の重要文化財指定答申へ
日本橋高島屋である。高橋貞太郎(ていたろう)(1892~1970年)が設計し、1933年に完成。戦後、近代建築手法を取り入れた村野藤吾(とうご)(1891~1984年)の設計で増築されたと・・・
村野藤吾!
大学生の時、村野藤吾が亡くなったという新聞記事を見かけた。彼の設計した建築物「新高輪プリンスホテル」が、当時住んでいた白金台の風呂なし4畳半アパートから歩いて行けるところにあるので、そこを皮切りに都内の主だった村野作品をさっそく見に行った。もともと上京してる身だし、気分はいつだっておのぼりさんだから(笑)。
現在は家電量販店になっている「そごう東京店」では、既に私には当たり前と思われた「登りと下りのエスカレーターを併設すること」が、村野藤吾によって初めて行われたことや、「日本生命日比谷ビル(日生劇場)」の外壁は、風雨に晒され時間を経ることで味わい(パティナ)を増すことまでデザインに考慮され建築材料を選んてあること・・・など(私はこのビルと同い年になる・笑)、パティナを切り捨てたツルピカビルがにょきにょき建てられる時代に、村野藤吾が残した建物は当時だって一種訴えるものがあった(でも、建物だから用途に応えるものでもあった)。
http://diarydiary.exblog.jp/6577060/
そして、すっかり感激して興奮した私は、折り良く募集されていた大学の懸賞論文に村野藤吾建築のことを書いて提出。僅かだけれど賞金をいただいた(バイト生活の学生にはありがたいことだった・笑)。その時に買った英和辞典は、室内で放し飼いしてた鳥に齧られてしまった(笑)。
そして、昨日テレビで日本橋高島屋が重要文化財に指定へ、というニュースを知り、増築設計は村野藤吾と改めて知り、村野さんがかかわったものが評価されている、ということを嬉しく思う。
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気になる
話題。どんなものにも盛衰あるものだけど。自分がかかわっていたイベントも、そんなところ、あった。