結城縮と称する着物が届く。仕立て上がりで証紙はなく、着物から何かを感じ読み取るしかない。けど、思うようにいかないんだな、これが(笑)。
他の縮と比べると、生地に光沢があって、ぺっそりとした手触り。真綿糸っぽくない。糸は違うと思う。もしかするとお召に近いんじゃないの?疑問は深まる。こういう織りを何と言えばいいのか。
知りたいのは、産地を言い当てることじゃなくて、どんな糸が使われているか、染料は、絣はどんな技法で作られているのか、手織りか機械織りか・・・見分ける目があったらいいな~、と思う。少なくとも、自分が知っている結城紬、手つむぎ糸の感触が頼りです。銘仙も、私にとっては迷仙だしね(笑)。
◎つむぎの日
いつもながらに情報を提供してくれる機織りなかまの皆様、ありがとうございまーす!
で、昨日のdiaryで書いた「つむぎの日」は、結城市ホームページ内 「今日は何の日?」に掲載されていました(サイト更新日:2006年9月15日14時16分)。
3年前の情報(笑)、ホントに知りませんでした。
以下、引用
4月24日 つむぎの日
昭和31年4月24日に、本場結城紬「平織り」が重要無形文化財に指定された際の認定の日
わが国最古の歴史を有する高級絹織物と言われる結城紬は、その歴史を奈良時代までさかのぼります。
鬼怒川の清流をたたえる結城地方は、古代から農耕で開け、桑の生育に適していたこともあり、養蚕が盛んでその副産物としてあしぎぬが織られるようになりました。
『常陸風土記(ひたちふどき)』にも登場するあしぎぬは結城紬の原形とされ、奈良時代に常陸国から朝廷へ上納された布は、今も奈良の正倉院に保存されています。
常陸国の特産物として「常陸紬」と呼ばれ、室町時代には、結城家から幕府、関東官領へも献上されたことから「結城紬」と名を変えていきました。
結城紬は、室町時代以降結城家が保護し、その後、江戸初期十八代秀康(ひでやす)の越前転封後、慶長年間にこの地を治めた幕府の代官・伊奈越前守忠次(いなびぜんのかみただつぐ)が改良振興に努め、広く全国に知られるようになりました。
当時の百科事典と言われる『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』(1712年)には、「紬は常州結城に出るものを上とす。信州之に次ぐ」とあります。また、『絹布重宝記(けんぷちょうほうき)』(1788年)の中でも「結城紬、是紬中の最第一なり、(中略)信州紬のおもむきは似たれども大きに異なり、結城は別種の佳品(かひん)なり」と、高い評価を受けてきたことがわかります。
以後、永年にわたり多くの先人により創意工夫が重ねられ、結城紬は昭和31年4月24日に国の重要無形文化財に指定されました。古代の技法を今日に守り伝える結城紬。わが国で重要無形文化財に指定されている絹織物は、結城紬と久米島紬(平成16年指定)の二つだけです。
(参考:結城市史)
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更新日:2006年9月15日14時16分
以上、引用おわり
文化庁 重要無形文化財結城紬のサイト (確かに4月24日でしたねー)
http://www.bunka.go.jp/bsys/maindetails.asp
最初に、こちらのサイトを見て3月31日だと思ってしまったのでした。
http://www.okujun.co.jp/important.htm
◎好きな猫
よその猫(笑)。